滋賀の風景
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蓮華寺 れんげじ
北条仲時の一行432名が眠る寺
 聖徳太子の創建と伝わる寺で、もとは法隆寺と称していました。鎌倉中期に雷火により焼失しましたが、その後、一向宗の始祖である一向上人が再興。寺名を蓮華寺にしたといわれています。
 本堂の右手奥には北条仲時一行の墓がずらりと並んでいます。元弘3(1332)年、後醍醐天皇の鎌倉幕府打倒の兵に追われた六波羅探題(ろくはらたんだい)の仲時は、この馬場の地で手兵432名とともに自刃し、当時の住職が弔いました。寺には、戦死者の名を記した過去帳「陸波羅(ろくはら)南北過去帳」があります。ほかにも、弘安7(1284)年在銘の梵鐘、一向上人像など、寺宝も多く残されています。
 また、境内には、番場の名を有名にした長谷川伸の名作『瞼(まぶた)の母』の主人公、番場の忠太郎ゆかりの忠太郎地蔵もあります。
地域名:湖北
所在地:米原市
蓮華寺
蓮華寺(2002年7月3日撮影)