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| 信仰と神話に彩られた聖なる島 |
奥琵琶湖に浮かぶ周囲約2kmの島が竹生島です。島の名前は「神の斎(いつ)く島」に由来し、古代から「神のいる島」「聖なる島」として絶大なる信仰を集めてきました。
樹木に覆われた島の周囲は切り立った崖で、島で唯一の港から続く石段の先に宝厳寺(ほうごんじ)や都久夫須麻(つくぶすま)神社があります。いずれも歴史が古く、国宝や重文も多く保有しており、民家のない孤島ながら、学術的にも文化的にも貴重な資源が集中した島といえます。
また、このあたりの水深(120m)は琵琶湖で最も深く、紺碧の湖面に映える竹生島の島影の荘厳な美しさは「琵琶湖八景」の一つに数えられています。
【竹生島宝厳寺】
西国三十三所観音霊場の第30番札所。『竹生島縁起』によると、聖武天皇の勅命を受けた行基が、天平10(738)年、小堂に弁財天像を安置したのが始まりと伝えられています。本尊の弁財天は、船着き場から続く急な石段を登った所にある弁天堂に安置されています。安芸の厳島、鎌倉の江ノ島と並び、日本三弁財天の一つです。
もう一つの本尊である千手観音を祀る観音堂は重要文化財。入り口の唐門は国宝に指定されています。また、観音堂から都久夫須麻神社に続く渡り廊下は、朝鮮出兵のおりに豊臣秀吉のご座船として作られた日本丸の廃材を利用して作られたところから「舟廊下」の名がついており、国宝です。
【都久夫須麻神社】
祭神は湖水を支配する浅井姫命(あざいひめのみこと)で、明治4(1871)年の神仏分離以前は竹生島明神、または竹生島弁財天社と呼ばれ、宝厳寺を別当としていました。国宝の本殿は、豊臣秀頼が豊国廟(一説には伏見城の日暮御殿)を移築し改修したもので、殿内部には狩野永徳または光信筆と伝わるふすま絵や絵天井をはじめ、高台寺蒔絵の柱、長押などが燦然と輝き、豪華絢爛な桃山文化の粋を見ることができます。
【謡曲『竹生島』】
醍醐天皇の頃、大臣一行が有名な竹生島明神に参詣するため、琵琶湖にやってきます。そこへ翁と海女の乗る一隻の釣り舟が通りかかり、一行は同乗を許され、竹生島へ向かうことになります。春ののどかな湖畔風景をながめながらようやくやってきた竹生島は、緑豊かな樹木の影が湖面に鮮やかに映え、そこを泳ぐ魚の姿がまさに「魚木に登る」ように見え、その幻想的な風景に一行は感嘆します。
舟が島に到着すると、翁の案内で神前に向かいますが、そこで突然、翁は竜神に、海女は天女(弁財天)に変わり、典雅な舞のなかで、一行は改めて竹生島の神々の霊験あらたかなことを思い知ります。 |
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| 地域名:湖北 |
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| 所在地:長浜市早崎町竹生島 |
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| 交通アクセス:長浜港から竹生島行き観光船で約20分(飯浦、今津、長浜、彦根各港から連絡船あり) |
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| 竹生島(2003年10月29日撮影) |
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竹生島の船着き場から宝厳寺を見上げる
(2003年10月29日撮影) |
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| 都久夫須麻神社(2003年10月29日撮影) |
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| 湖を見下ろす神社の鳥居(2003年10月29日撮影) |
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| 宝厳寺(2003年10月29日撮影) |
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観音堂から都久夫須麻神社に続く舟廊下
(2003年10月29日撮影) |
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