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| 木地師の祭神になった、悲劇の皇子・惟喬親王の幽閉地 |
平安時代に皇位争いから小椋谷(現在の蛭谷・君ヶ畑)に落ちのびた惟喬親王(これたかしんのう)を祀る神社。
惟喬親王は、承和11(844)年、文徳天皇の第一皇子として生まれましたが、時の太政大臣・藤原良房は自分の孫である惟仁親王を皇位につかせようとしたため、都落ちを余儀なくされました。
放浪の末、やっと深山幽谷の小椋谷にたどりついた親王は、そのとき、ようやく15歳。この地に木が豊富にあることから、伝説でも紹介したようにろくろを使った椀や膳、盆の制作を思いつき、民業の開発に力を注いだと伝えられています。
惟喬親王は、その後、ろくろ業の神として崇められるようになり、ここの太皇器地祖神社と蛭谷の筒井八幡神社に祖神として祀られています。
また、筒井峠には、杉木立に囲まれて、惟喬親王の像と御陵があります。
木を求め、全国各地を渡り歩いた木地師(きじし)は、東北をはじめ、各地に根付いて、コケシや椀など、その土地の伝統産業を生み出しました。この小椋谷の地は、全国の木地師にとっての故郷でもあり、いまも多くの木地師が惟喬親王を詣でにやってきます。 |
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| 地域名:東近江 |
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| 所在地:東近江市(旧・永源寺町) |
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| 山裾にある太皇器地祖神社(2003年11月27日撮影) |
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杉の巨木に囲まれてある太皇器地祖神社
(2003年11月27日撮影) |
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| 惟喬親王御陵にある親王の像(2003年11月27日撮影) |
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| 君ヶ畑の集落(2003年11月27日撮影) |
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