滋賀の風景
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勝部神社 かつべじんじゃ
勝利を祈願する火まつりの神社
 大化5(649)年の創建と伝わる神社。当初は物部郷のために物部神社といいましたが、そののち勝部(かつべ)という地名になり、武勇を尊ぶこの地の人々が、いつしか勝部神社と呼ぶようになりました。豊臣秀吉も朝鮮出兵の際、この神域の竹を旗竿にして武運を祈ったといいます。
 三間社流造(さんけんしゃながれづくり)・檜皮葺(ひわだぶき)の本殿は、戦国時代の1492年に佐々木高頼が再興したもので国の重要文化財。内陣両側の縁が一段高くなっており、正面に付けられた向拝(こうはい)の部分に優れた彫刻の手挟(たばさみ)があります。
 毎年1月には、750年の伝統ある火祭りが行われます。
【勝部の火まつり】
 1月の第2土曜日に勝部神社で行われる勇壮な火祭りで、県の無形民俗文化財です。
 いい伝えによると、その昔、嵯峨(さが)天皇が病気になり、占いで近江の川に住む大蛇(おろち)が天皇の命を狙っていることがわかりました。そこで周辺の農民が退治に出かけ、見事勝利を収めて天皇の病気も回復。退治した大蛇の胴は勝部で、頭は同じ守山市内の浮気(ふけ)にある住吉神社で焼き、戦勝を祝いました。以来、勝部神社では大蛇の胴に似せた松明(たいまつ)を、住吉神社では頭に似せた松明を燃やすようになったといいます。
 勝部神社では、当日の夜の8時頃、大蛇の胴体を形どった5〜6mの大松明12基が境内で夜空を焦がし、そのまわりで鐘や鼓を打ちながら、ふんどし姿の若者たちが無病息災を祈願して「ゴーヨ」「ヒョーコ」(御悩平癒の転)と、大きなかけ声をかけながら乱舞します。
地域名:湖南
所在地:守山市
勝部神社
勝部神社(2003年9月28日撮影)
勝部の火まつり
勝部の火まつり(2003年1月11日撮影)