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| 弘法大師が刻んだ厄除け観音 |
瀬田川洗堰(南郷洗堰)から瀬田川を南に2kmほど下ると、右手に立木観音(正式名称は安養寺)の登り口が見えてきます。鹿跳渓谷(ししとびけいこく)に向かってそびえる立木山、その斜面にある急な階段を、石段途中からときおりのぞく瀬田川を眺めつつ700段あまり登りつめると、小さいながらも落ち着いた雰囲気の立木観音の境内が広がります。
立木観音の起源は次のような伝説で語られています。弘仁6(815)年、諸国を修行中の弘法大師が、瀬田川のほとりに立ち寄った際、対岸の立木山に光を放つ霊木があるのが目にとまりました。しかし、急な流れの瀬田川を渡りあぐね、しばらくたたずんでいたところ、突然白鹿が現れ、その背に弘法大師を乗せ、霊木の前まで導き、そこで観世音菩薩に変化し、虚空の中に消え去りました。この奇跡に感じ入った弘法大師が、霊木に観世音菩薩を刻んだのが、立木観音の始まりだということです。
弘法大師が観世音菩薩を刻んだのが、ちょうど42歳の厄年で、人々の危難を救ってほしいと願いつつ刻んだことから、立木観音は古くから厄除け観音として親しまれています。また、毎月17日は縁日として多数の参詣者でにぎわいます。 |
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| 地域名:大津・志賀 |
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| 所在地:大津市 |
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| 700段あまり続く急な階段(2003年12月23日撮影) |
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| 立木観音が安置されている本堂(2003年12月23日撮影) |
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