滋賀県のすがた
歴史
滋賀県は、むかしは「近江の国」と呼ばれ、古くから、産業や文化がさかえ、日本の歴史のうえで大切なやくわりをはたしてきました。都が今の大津市や甲賀市信楽町におかれたり、織田信長が安土城をきづいたりしました。
日本のほぼ中央にある滋賀県は、都(京都)にも近く、古くから人の行き来が多かったため商業がさかえ「近江商人」といわれる人たちが生まれました。近江商人は、天びんぼうをかついで、全国各地でかつやくしました。
明治 |
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| 1868 | 明治 1 | ◆明治維新 |
| 1872 | 5 | 現在の滋賀県ができる |
| 1879 | 12 | 第1回県議会議員選挙が行われる |
| 1889 | 22 | 東海道線の全線が開通する |
| 1890 | 23 | 琵琶湖疎水が完成する |
| 1905 | 38 | 南郷洗ぜきが完成する |
大正 |
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| 1914 | 大正 3 | ◆第1次世界大戦がはじまる |
昭和 |
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| 1939 | 昭和14 | 県庁が完成する(現在の本館) |
| 1941 | 16 | ◆太平洋戦争はじまる |
| 1947 | 22 | 知事がはじめて選挙でえらばれる |
| 1964 | 39 | 東海道新幹線、名神高速道路、琵琶湖大橋ができる |
| 1968 | 43 | アメリカ合衆国ミシガン州と姉妹ていけいを結ぶ |
| 1972 | 47 | 琵琶湖総合開発特別措置法ができる |
| 1974 | 49 | 国鉄(現在のJR西日本)湖西線ができる 近江大橋ができる |
| 1976 | 51 | 県の人口が100万人をこえる |
| 1977 | 52 | びわ湖にはじめて赤潮が発生する |
| 1980 | 55 | 琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例ができる 北陸自動車道ができる ブラジル、リオ・グランデ・ド・スール州と姉妹ていけいを結ぶ |
| 1983 | 58 | 中国湖南省と姉妹ていけいを結ぶ びわ湖フローティングスクール「湖の子」ができる びわ湖にはじめてアオコが発生する |
| 1984 | 59 | 第1回世界湖沼環境会議が行われる |
平成 |
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| 1993 | 平成 5 | びわ湖がラムサール条約の登録湿地となる |
| 1994 | 6 | びわ湖の水位が観測史上最低のマイナス123?を記録 |
| 1996 | 8 | 琵琶湖博物館ができる |
| 1998 | 10 | びわ湖ホールができる |
| 2001 | 13 | 第9回世界湖沼会議が開かれる |
| 2002 | 14 | 琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例ができる |
| 2004 | 16 | 琵琶湖森林づくり条例ができる |
| 2004 | 16 | 滋賀県環境学習の推進に関する条例ができる |
| 2006 | 18 | 滋賀県子ども条例ができる |
| 2006 | 18 | ふるさと滋賀の野生動植物との共生に関する条例ができる |
| 2007 | 19 | 第27回全国豊かな海づくり大会が開かれる |
| 2008 | 20 | 県の人口が140万人をこえる |
| 2008 | 20 | 第21回全国スポーツ・レクリェーション祭が開かれる |
| 2008 | 20 | マザーレイク滋賀応援寄附条例ができる |
| 2008 | 20 | ラムサール条約湿地として琵琶湖への「西之湖」および「長命寺」の拡大登録 |





