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ご無沙汰しております。ウォーキング体験記をつづっていたスポレク祭推進室長の羽泉です。
さて、前回の報告の末尾に、「『琵琶湖一周』を『四国八十八カ所巡り』や『熊野古道』に並ぶウォーキングの聖地に!」との思いをつづりましたが、琵琶湖一周スポレク健康ウォーキングについては、定員の関係で参加申し込みを断った方々もいて、スタート時点からすでに次の琵琶湖一周を期待する声が多く寄せられていました。スポレク祭推進室がなくなっても、琵琶湖一周ウォーキングを定着させ、滋賀のブランドにできないかと、関わってくれそうな部署と話し合いを続けました。そして、次のような方向性が出ました。 1 県の新観光振興計画に位置づけ、チェックポイントを定めた「琵琶湖一周の認定制度」をこの春のうちに立ち上げ、関連するウォーキングイベント情報を提供しつつ、琵琶湖一周の機会を提供することに取り組み始めます。 問合先:滋賀県商工観光労働部観光産業振興室→4月から観光振興課 077-528-3741 問合先:滋賀県ウォーキング協会 0749-63-1217 これから徐々にお知らせなどが流れるとは思いますが、問い合わせ先を掲載しておきます。問合せのある方はご連絡下さい。 スポレク祭の成果の一つである「琵琶湖一周ウォーキング」が滋賀のブランドとなることを夢見つつ、皆さんの、ご参加、ご支援、ご協力をお願い申し上げます。
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<琵琶湖一周スポレク健康ウォーキング体験記(第14回)> JR湖西線おごと温泉駅(大津市)〜大津港(大津市) =アップダウンの連続。ゴールまで胸突き八丁の苦しみ= 9月13日(土)、「スポレク滋賀2008」琵琶湖一周スポレク健康ウォーキングの第14回、最終回の報告です。JR湖西線おごと温泉駅(大津市)〜大津港(大津市)の14.0Km。湖岸ではなく比叡山麓を歩くコースです。参加者は412人。 朝方は、ポツポツ雨気味。だんだん良くなる天気予報とは聞いていながら、心配気味でしたが、案の定出発式が近づくと、あけてくるではありませんか。 9時半からの出発式では、最終回ということで、最初に挨拶させていただきました。その中で、ここまで歩いてこれたことを互いに拍手で讃え合い、サポート役の滋賀県ウォーキング協会やボランティアの人たち、沿線市町の人たち、そしてスポレク推進室のスタッフたちにも気持ちを込めて拍手をいただきました。また、前日仕事で嘉田知事にお会いした際に、嘉田知事からみなさんにお伝えするようにといわれた、『春夏秋冬の琵琶湖に向き合ってきたみなさんは琵琶湖の神髄を感じた言ってみれば琵琶湖の達人です。』というメッセージを披露させていただきました。 また、地元大津市の安藤教育長からは、「これから歩いてもらう大津市内は文化財が豊富です。歴史いっぱいの古都大津を秋の一日をウォーキングし、直前に迫るスポレク祭を盛り上げてください。」と激励いただきました。 滋賀県ウォーキング協会中川会長からのコースの注意事項、大西副会長からの協会会員募集のお知らせ、事務局からのお知らせと準備運動を終え、いよいよラストウォーキングのスタートです。 湖西道路に沿って南下しますが、比叡山塊の丘陵の張り出しと谷を横切るコースであるためアップダウンが強烈で、いきなり急な登りです。そして、今度は下り。谷筋には、小さな川筋と棚田の景色が定番となります。やがて、日吉台の住宅地に入り市民センターをお借りしてトイレ休憩。座り込み息を整える人もそこここに。
その後、日吉台の山手に向かうメインロードに出て、西教寺をめざしますが、これがまた、一本道の先まで見える上り坂。一気に到達するのは至難です。スタッフからの「後ろに琵琶湖が見えますよ!」の気の利いた一言でみんな振り返ると、南湖一望です。これ幸いに景色を見ながら一息入れます。 =古代の香り豊かな山辺の路= 坂を登り切ったところが西教寺。「室長、拝んで来なあかんで。」の参加者からのお声掛けに石段を登り本堂をめざします。人間の記憶は不確かなもので、遙か昔の記憶では、門をくぐったらすぐ本堂でしたが、天台真盛宗の本山。そんなわけなかったですね。登り切ったと思ってからの登りはきつかった。 おまけにいつの間にか曇りから晴れ気味に。またまた、こまめな水分補給が欠かせない一日になりました。 西教寺から日吉神社へは、昔からの参詣道を通ります。お地蔵様、稲のはさがけ、赤とんぼ、曼珠沙華。確実に秋めいてきています。
やがて日吉神社の社叢林に入るとひんやりした空気に。森の力は歴然としています。東本宮の前に出て参拝。山王祭の御輿庫の展示を見やりながら西本宮も参拝します。もどって日吉三橋へ。みなさん、このあたりで昼ご飯です。ツクツクボウシが鳴いています。
先頭は午後1時にスタート。日吉の馬場から里坊の路地へ。ここからしばらく沿道のゴミ拾いも実施実施します。思い思いにゴミ袋を持ちながらのウォーキングです。滋賀院門跡の前を通ってやがて、「作り道」へ。ここからは、京阪電鉄や湖西道路に沿って南下します。旧く 言い表せば、北国海道と呼ばれた道であろうと思われます。 ここから南は、古代の匂いが濃くなる地域です。高穴穂神社の前を通りましたが、ここは高穴穂宮跡とも、穴太廃寺跡ともいわれるところで、5,6世紀の遺跡のようです。また、穴太は穴太積みで有名で、この界隈の寺院などにも穴太積みが見られます。風情ある静かな町並みの穴太積みの下の溝を、山からの清水が走ります。 滋賀里に入ると、天智天皇の皇后である倭姫をまつる倭(しとり)神社があり、見事な楠と欅が社を覆っています。やがて、高見のできる西大津バイパス沿いを歩きます。遠く湖面にはビアンカやヨットの群れが浮かび、プリンスホテルとその向こうに田上山 =達成感と寂しさの狭間で= 大津市埋蔵文化財センターで、みんなが拾ったゴミを回収。身軽になって先をめざします。 やがて、近江神宮に到着。参拝して、さらに南下。宇佐山の下を通って、皇子が丘公園へ。いままで、登った分をはき出すような下りです。お声をかけた人から「今日のコースは何でこんなにきついんや。」と恨み言も聞いてしまいました。 ようやっと、大津市役所、そして、皇子山陸上競技場の前を。いずれにもスポレク祭の幟がはためくのを見て、元気を取り戻し、あと少し。家々の裏庭に分け入るような不思議な道へ。かつての江若鉄道の廃線敷きを歩道にしたようです。周りの家々も道に合わせて、草花を植え、なかなか雰囲気のよい道でした。味わって歩くうちに、気が付けば浜大津の歩道橋につながって、大津港へ誘われていきました。
いよいよ、最終ゴールです。15か月振りに出発点に帰ってきました。スポレクサポーターであり、シンガーソングライターの佐合井まり子さんが、スポレク滋賀2008のイメージソング、「スタートライン」を歌って、キャッフィーとともに迎えてくれました。ゴールした人は、感想文集「湖っ歩(こっぽ)」をもらい、キャッフィーと記念撮影をし、互いにあいさつを交わし名残を惜しみました。琵琶湖一周の達成感と、もう次の回はないという寂しさがない交ぜになった不思議な心持ちがじわじわと湧き上がってきているのではないでしょうか。 なにかものたりない気持ちのキャッフィーは、スポレクサポーターと共に、ウォーカーの何人かがオプショなるツアーで乗船したミシガンの出航を激しい動きで送り出しています。 「もう、終わりなんですね。ウォーキングは・・・」 ミシガンの汽笛にキャッフィーの声なき声は、かき消されるのでした。
=末尾に= 体験記をお読みいただいた方、ありがとうございました。ウォーキングに参加された方々へのメセージは、文集「湖っ歩」に添え書きしました。ここに、再掲させていただきます。
このあとこのコーナーにさらに加えることがあるか、ないか、わからないまま、とりあえず筆を置きます。琵琶湖一周ウォーキングが、四国八十八カ所巡りや熊野古道巡りと肩を並べるような、みんなの憧れになることを願いつつ・・。 |
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<琵琶湖一周スポレク健康ウォーキング体験記(第13回)> JR湖西線近江中庄駅(高島市)〜近江今津駅(高島市) =サルスベリの花盛りを見つつ= 8月9日(土)、「スポレク滋賀2008」琵琶湖一周スポレク健康ウォーキングの第13回の報告です。JR湖西線近江中庄駅(高島市)〜近江今津駅(高島市)を湖岸沿いに6.6Km歩くコースです。参加者は427人。 いつもより、距離が短いのは、去年の夏の状況を参考に、熱中症などにかかる心配がないように、また、いつもより早く着く分、奥琵琶湖のクルーズをオプションで楽しんでもらおう、という企画とも絡んでいます。 それにしても、またまた晴れました。12勝1敗。あと2敗しても幕内優勝が可能な数字?です。晴天率としては破格の業績です。 JR近江中庄駅で受付をすませ、みなさん浜へと向かいます。サルスベリの街路樹がたっぷりと花を付けています。この季節の主役はこの花木の感があります。さだまさしの小説「解夏(げげ)」のテレビドラマで、サルスベリの花がこの季節を象徴していたことを思い出しました。 浜の松林の木陰で、出発式。高島市の橋本源之助教育長が、「私自身ウォーキングで腹周りが5p落としました。そして、歩くといろんなものが見えてきます。湖西路を楽しんでください。」と激励の挨拶。その後、NPO法人高島・いまづローイングクラブ代表で元高島市教育長の市川清さんによる「琵琶湖周航の歌について」と題した、第8回の琵琶湖レクチャーがありました。 「かつて、好きな歌のランキングがあって、琵琶湖周航の歌は、滋賀では1位でした。この歌は、大正6年、三高(現京都大学)のボート部が琵琶湖周航で、今津に泊まった時、小口太郎が当時はやっていた「ひつじぐさ」の曲に自作の詩を載せて歌ったことに始まり、今津で誕生した名曲です。しかし、作詞・作曲小口太郎として伝わり、「ひつじぐさ」の作曲者、吉田千秋の名が明らかになるのは昭和54年。出会ったこともない二人の若者が名曲を作り出した偶然は、熱心な研究家の手で、また、小口が今津から出した葉書などの資料を入り口に紐解かれていったのです。 今津では、歌の誕生の地として資料館をつくり、また、かつて定着していた漕艇の歴史を復活させ、今津レガッタなどを開催しています。」 小口は26才で、吉田は24才で永眠。はかない青春が、多くの人の心に、名曲をとおして宿っています。 =琵琶湖にお礼を・湖岸のゴミ拾い= 準備体操をして出発。松並木の道と湖岸を歩きます。ここで、前々回何人かの人たちのリュックサックに付けられていた琵琶湖一周PRプレートの作者を探し当てました。西山哉男さん、82歳。多分、因(ちなみ)さんに次ぐご高齢ですが、かくしゃくとしたご様子。地球一周4万キロ達成公認。東海道五十三次ウォーク達成公認の強者です。あのカードを配っているのはどんな思いからか聞いてみました。 「いろんな所を歩き、琵琶湖一周も何度かしたけれど、今回のウォーキングでは出会いがあり、そのことで自分も活気づいています。そんな気持ちのお裾分けです。」 話しを聞いている内にシベリア抑留のご経験も。激動の八十有余年。今は、湖畔にあり。 今回は、みなさんからの要望で、「琵琶湖への御礼を込めた湖岸のゴミ拾い」を実施。熱心に湖岸へ歩を進めていただくみなさん。最終的には大きなゴミ袋11袋分集まりました。ご苦労様です。処分は高島市にお願いしました。
「二人とも、他府県から滋賀に嫁いで来てウン十年なんだけれど、なんかこの琵琶湖一周に取り組んで、やっと滋賀県人になれたっていう実感がでてきました。琵琶湖の豊かな表情に歩いて触れてみて、ああ良いところにいるんだな、これが滋賀県なんだなって、歩いて一体化した気持ちです。」 いいお話しを聞きました。中嶋さんは、スポレク祭では、地元東近江市の種目別大会(年齢別バドミントン)で、レクリエーション協会のボランティアとして活動してくれるそうです。うれしいですね。よろしく頼みます。 今津の湖岸はずーっと松並木が続きます。最初の休憩は、湖岸の反対側に浜分沼を望める湖岸の松並木の中。林さん父子も到着。参加率もう一息の息子さんに気合いを入れている様子。でも、にこやかにツーショット。一方、山下秀一さんの、リュックや服にはたくさんのキャッフィーのぬいぐるみが。「出発式の会場で買いましたよ。お盆の時にでも外孫にあげようと。ただし、いうことを聞いたらね。」どうでしょうか。一も二もなく、あげちゃうんじゃないですか。 =琵琶湖の見納め=
実は、この湖岸、最終回の次回は山手を歩くので、琵琶湖一周ウォーキングでの琵琶湖の見納めです。名残を惜しみつつ、浜沿いの街 やがて、竹生島行きの観光船が発着する今津港前を右に折れ、JR今津駅はもう間近です。このごろ皆勤のスポレクサポーター大谷一美さん、今日もご苦労様です。駅直前に「琵琶湖周航の歌資料館」が。中へ入ると、フィックス艇の模型が鎮座。さっきのはこんな感じだったんですねぇ。一つの歌で、記念館ができる。地元に、そして万人に愛されている証拠でしょう。 JR今津駅でゴール。駅前の「琵琶湖・若狭湾交流うまかいち」で、お土産三昧の人も。多くの人が、再び今津港まで戻ります。どうやらオプショナルツアーの竹生島行きの人気も高そうです。
=オプショナルツアー・竹生島無惨= 私もキャッフィーと一緒に、久々に竹生島に渡ることにしました。25年振りです。 西国三十三番札所の島としても、また、琵琶湖八景「<深緑>竹生島の沈影」としても有名です。ただ、カワウによる被害の風聞も気がかりで・・。 25分の船旅。奥琵琶湖の風景を楽しんでいると、これまで行く先である島が船体で隠れていたところへ、船が島の桟橋に向かうべく右手に舵を切ったことにより突然目に入った島は、なんとも怪異な風景と化していたのです。島を覆うようにカワウが乱舞し、木々は、白骨化して、地肌がただれたようにむきだしになっているではないですか。パンフレットに載せられた緑豊かな竹生島などどこにもないのです。すでに島の緑の8割が消え、人が行き来する寺社の周りだけかろうじて残っています。なんとも重い足取りで島に降り、それでも、宝厳寺と都久夫須麻神社にスポレク祭成功の祈願だけはしてきました。カワウの対策はまだ見つからないようで、歯がみする思いです。こんな現状も琵琶湖にはある。見たくないけど見ておかなければいけない風景かも知れません。 気を取り直して、次回は最終回。お互い有終の美を飾りましょう。 |
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<琵琶湖一周スポレク健康ウォーキング体験記(第12回)> JR湖西線志賀駅(大津市)〜おごと温泉駅(大津市) =前回に続く歌心の世界= 7月5日(土)、「スポレク滋賀2008」琵琶湖一周スポレク健康ウォーキングの第12回の報告です。JR湖西線志賀駅(大津市)〜おごと温泉駅(大津市)を湖岸沿いに16.2Km歩きます。参加者は428人。 一週間前の天気予報では、降水確率50%。しかし、またまた「集団てるてる坊主効果」があるだろうと思っていると、案の定、40%→30%→20%→10%と変化してきました。今度は、熱中症が心配。 当日は、朝から良い天気。気温が上がりそうな予感。 受付は、志賀駅。自作の俳句、川柳、短歌の入った体験記をメールで送ってくださった中島紀一朗さんを受付でチェック。お話をうかがいました。 「退職後の仕事も区切りとなって、琵琶湖一周ウォーキングでもと思っていた矢先にこのイベント情報が。渡りに船と申し込みました。俳句、川柳、短歌はもう少し前からの趣味でしたが、実は、これがこのイベントとマッチングしたんですね。琵琶湖と周辺の歴史は歌心を刺激するというか。前回の藤井五郎先生の琵琶湖レクチャーはもっと聴きたかった。」 最近で気に入った作品は?との問いに読売新聞の「滋賀読売文芸」で特選となった短歌、 「十六夜(いざよい)の沙々貴(ささき)神社をそぞろゆく を披露してくださいました。ウォーキングの楽しみ方もいろいろ。奥が深いですね。 「今日のウォーキングでも、一首か一句、ひねってください。」 とお願いしました。 =梅雨明け間近の炎天下行進= 出発式は駅から5分ほど歩いた湖岸の「生川木戸公園」の林間で、9時30分から行いました。県ウォーキング協会の中川会長から「今回は、炎天下、早めの水分補給を。そして、歩行速度はゆっくりと。国道161号は1列歩行で。」と注意があり、次に、前回企画を紹介した「文集づくり」について、とりまとめ役のスポレクサポーター藤澤勲さんから説明がありました。参加者へ原稿用紙の配布。拍手の大きさからして、書き手は多そうです。 ストレッチをして、10時に出発。琵琶湖を望める所では、琵琶湖からの風がとおり、少し涼しさを感じます。夏涼しく、冬暖かい。琵琶湖というエアーコンディショナーを持つ滋賀県はラッキーです。 また、参加者の皆さんも、第2回、第3回と、去年のウォーキングの行進を経験しているだけに、用意万端。たいていの人が頭と首筋を帽子やタオルでカバー。女性の中には日傘組も。 特筆すべきは「クールハット」なる帽子。前は麦わら帽で、後ろは首筋から肩口まで覆う布がセットされた帽子。アヤハなどに売っている農作業グッズのようです。後ろから見ていると妙になごみます
=歴史の跡を横目にひたすら南下= 木戸川をわたり 八屋戸浜を行きます。湖岸の狭い道。左手には琵琶湖。右手は別荘群。湖西線の高架越しに見える比良山地は、尾根筋が薄雲に隠れています。 ここ木戸は、奈良時代に相撲の式・作法を定めた当時の力士であり行司の始祖「志賀清林」の出身地といわれており、その墓には朝青龍も参ったとのこと。相撲公園(清林パーク)が国道161号沿いにありますが、残念、寄り道はできません。 「今日も、無理しないで途中まで。でも、自信がもててきました。」
蓬莱駅からは、国道161号の歩道を歩きます。歩道が細いところは一列厳守。行き交う車からは、「長蛇の列。なにごと?」といった視線を感じます。飲料の自動販売機に群がる参加者。自己防衛意識も高いようです。 やがて、国道から離れて、中浜、和邇(わに)浜へ。湖岸は当然夏モード。泳いだり、ヨットに乗ったりする人々があちこちに見えます。その姿を見て、「ええなあ〜」の声も。ザブンと浸かりたい気持ち、わかります。和邇浜で休憩。
再び、国道に出て小野を歩きます。ここは、遣隋使小野妹子の里。小野神社、小野篁神社、道風神社と、小野一族にまつわる文化遺産の集まる所ですが、国道を歩いていては、その香りをかぐのはちょっと無理というものでしょう。またの機会に訪ねてみたいものです。 そして、真野町へ。かつての遊園地、琵琶湖タワーの、いまは動かない観覧車イーゴスが大きく視野に入ってきます。真野浜水泳場沿いを歩いて、昼食休憩地、「道の駅 びわこ大橋米プラザ」に到着。ボランティアの草野さん、溝井さんが笑顔で出迎え。溝井さん(右)は今回初参加。女性のボランティアも徐々に増え、さわやかな笑顔の応援があちこちで。 さて、ゆっくり休憩を取ります。「去年にここに来たときも暑かったなあ。」と、みなさん、第二回のウォーキング(琵琶湖博物館〜同プラザ〜鮎家)を思いおこしての昼食の団らんです 十分休憩を摂って、13時に出発。琵琶湖大橋の下のトンネルをくぐって、堅田の町へ。確か、太平記に出てくる絶世の美女、勾当内侍(こうとうないし)の終焉の地がここら当たりでしたか。古い町並みがいい雰囲気を醸し出しています。途中、珍しい琵琶湖の灯台「出島(でけしま)の灯台」を見るべく横道へ。歴史を感じさせる形です。その向こうには、久々の南湖の風景に広がる対岸が間近なのが特徴です。灯台近くの古風な家の前には、「御燈明当番」の札。古き良きつながりも残っているようです。 町並から湖岸に出て、浮御堂を眺めつつ行きます。城山三郎の「一歩の距離」の碑がありました。たしか予科練の体験を込めた小説だったと。このあたりも舞台になりました。イチジクの畑?を通って、再び町並みへ。和菓子を買いにか、のれんをくぐる参加者もちらほら。町並みを抜け、新興団地を経て、ザリガニ釣りの楽しそうな親子を横目に、「衣川公園」で最後の休憩です。四阿(あずまや)で体を横にする人も。さすがに疲労の色が見え隠れ。 東の空から雷の音が聞こえてきました。ここまで雨になりそうにはありませんが、圧されるように、出発。3度目の国道に出て、しばらく行って横断。山手を歩きます。
夫のリュックの端をつかんでひとつになって歩いているご夫婦を発見。実は、初回からずっと一心同体、この姿で歩いてこられたことを知っていました。中村雄次さんと中村清美さんのお二人です。 「主人が歩調を合わせて歩いてくれます。このウォーキングの時は夕食を作り置きしてくるんです。これまでよく歩けたなと思ってます。完歩まであと少し。がんばります。」 と清美さん。仲睦まじい姿で完歩してください。
ようやく、雄琴温泉駅に到着。すでに、足湯はウォーキングゴールの面々で一杯。キャフィー扇子やキャッフィーせんべいの店も出て、参加者を待ち受けていました。
今回、熱中症予防策として、歩く速さを抑えたり、休憩を十分取るなど、約束事がありましたが、全体としてよく守っていただいたなと感じました。 ボランティアやスタッフも誘導・立ち番など頑張りました。「ご苦労様」というお声がけもたくさんいただき、絆が深くなってきた気がします。大津市からも、伊賀さん、森さんご協力ありがとうございました。 あと2回、楽しみながらも、しっかり自己管理していただき、また、お互い呼びかけ合いながら、事故なく、全員元気でゴールしましょう。 先にお願いしておいたとおり、中島紀一朗さんから今回のウォーキングでの作品がメールで送られてきました。中島さんの自薦作をご紹介します。
歩いてきた道が手に取るようです。 |
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<琵琶湖一周スポレク健康ウォーキング体験記(第10回)> 湖西線近江高島駅(高島市)〜志賀駅(大津市) =梅雨の季節に、またまた晴れ。これはもう強力な照る照る坊主の集団!= 室長の羽泉です。別の仕事で、前回のウォーキングに参加出来なくて、すごく残念でした。体験記も、森崎さんに御世話になりました。ありがとうございました。近いうちに、第10回(前回)のコースを歩行して、みなさんに追いつかないとと思っています。 抜けてる部分があると、引っかかりますね。皆さんも抜けは早めに埋めておいてくださいね。 さて、6月7日(土)、スポレク滋賀2008琵琶湖一周スポレク健康ウォーキングの第11回の報告です。湖西線近江高島駅(高島市)〜志賀駅(大津市)を湖岸沿いに15.4Km歩きます。参加者は438人。 高島駅で受付をしてもらい、出発式は歩いて5分ほどの、乙女が池万葉歌碑前で、実施しました。地元高島市長からの激励は、前々回にいただいたので省略。この機会に、私から「4つのお知らせ」をさせていただきました。
このときに、藤澤勲さんと関百合子さんを皆さんにご紹介しました。関さんは、県教育委員会の生涯学習課長で、スポレク祭の様々な情報も生涯学習課の場に伝えていただいています。「東京の人間なので、のびやかな自然にあこがれます。皆さんとウォーキングを楽しみたいと思います。」とごあいさつ。 =万葉の歴史の風を感じて= ここ高島は、万葉集の故地でもあります。今回の琵琶湖レクチャーは藤井五郎さんにお願いしました。藤井さんは「淡海万葉の世界」(サンライズ出版)をはじめ、滋賀にまつわる万葉集歌の書を数冊表しておられる郷土史家です。 『大船の 香取の海に 碇おろし 如何(いか)なる人か 物思わざらむ』 (意味:(大船の)香取の海に碇を下ろし、いかなる人が物思いをしないでいられようか。(どんな人でも恋の心には悩むものを)) の歌碑があります。 この乙女ヶ池は、昔は洞海といわれた底なし沼で、今の名前とは随分かけ離れていますね。そこに見える山が『三尾山』で、朝鮮式の山城がありました。三尾は、壬申の乱の決戦地。また、藤原仲麻呂の逃避の地でもあった。古代の悲しい歴史だけれども、それだけ、名を残す地であったともいえます。近江の地を詠った万葉歌は全部で108首。今日のコ−スには他にも歌碑があるので探訪してください。」 お話を聞いて、あの三尾山の麓を古代の人が旅していたのかと、時空を越えたような気持ちになりました。 いよいよ出発。まずは、乙女ヶ池の木橋を渡って、ウツギの花を見ながら国道に出ます。車が疾走するバイパス越しに琵琶湖が望めます。明神崎(水尾崎)あたりから国道を離れ山道へ。その入り口にも万葉歌碑が。 『思ひつつ 来れど来かねて 水尾が崎 真長(まなが)の浦を またかへり見つ』 勾配のある道を上りきったところは、「鵜川四十八体石仏」。今回の見所のひとつ。近江南半国の守護で観音寺城主、佐々木六角義賢が、母親の菩提を弔うために、西方浄土に見立てて建てたといいます。 私たちが通った時に、石仏を絵を描いている人がいました。みんなその絵に釘付け。すごくやさしい表情。思わず一緒に写真を撮る人も。描いている人は、大津市の平川さん。「母が亡くなってから、7月から13,4回通っています。西方浄土の母親と会っているつもりで描いているのですが・・。」その思いが絵からにじみ出ているのでしょう。すごく暖かいものに触れた心地でした。
=「街道をゆく」はじめの地をゆく= 山道を下り、再び交通量の多い湖岸の道を行きます。やがて、「白髭神社」に到着し、休憩。この神社あたりに来ると、司馬遼太郎の「街道をゆく」第1巻「湖西のみち」のくだりを思い出します。 「近江というこのあわあわとした国名を口ずさむだけでもう、私には詩より、この国が好きである。」という書き出し。司馬氏は私たちとは逆に、大津から、当時の志賀町北小松、そして白髭神社をとおり安曇川、朽木と旅していくのですが、小松に高麗津を、白髭に新羅を重ね、朝鮮半島との関係をほのめかしています。湖西路には新羅の面影、湖東路には百済の匂いがするといった人もいます。古代の歴史の中で朝鮮半島と深く関わった淡海、近江を想起します。スポレク祭には、韓国からも選手団が訪れます。歴史の深い絆を思い起こし、暖かくお迎えしたいと思います。 白髭神社を過ぎて、北小松に向かいます。国道の右には比良山が迫り、田んぼは棚田。
側溝の水は走っています。小松の港に、船首にアームで網を持ち上げた派手な格好の漁船が入ってきました。「あゆ沖すくい網漁」の漁船です。そういえば、昨年11月の全国豊かな海づくり大会びわこ大会の漁船湖上パレードで見ました。6,7月を中心に鮎の群れを追いかけてすくい上げる豪快な漁のようです。 新しくスポレクサポーターに登録したの柴田恭仁子さん。ウォーキング初出動です。立ち番だけでなく、出発式のキャッフィーにも挑戦したようです。「キャッフーは、子供にも大人にもすごい人気。もっとスキルを磨きたいです。ウォーキングは今度は歩いてみたい。」
ストックをついて歩く感触を確かめる人と寄り添う2人に遭遇。山上佳子さんと、小坂幸江さん・藤居くみさん。山上さんが足を悪くして遠ざかっていたウォーキングに復帰。「いち、に、いち、に、」小坂さんと藤居さんが支えています。だんだん足並みがそろってきました。16ヶ月にわたるウォーキングの期間。山あり谷ありの日々も。支え合ってみんなでゴールしたいですね。
湖岸の道は狭く、しばらくは古い集落でしたが、やがて別荘地も増えてきます。バーベキューと湖魚を焼くにおいも入り交じります。手作りのキャッフィー人形をザックに もう一つ、琵琶湖一周スポレク健康ウォーキングのプレートを付けている人を数人発見。聞いてみると、どなたかが作って、あげているようです。次回は作者にあたります。
やがて、雄松が崎、つまり近江舞子に到着。皆さん、内湖を囲むように、比良山望みなが昼食。13:10再びスタート。湖岸を楽しんでもらおうと、細かく入り組んだコースが設定され、また、砂浜も歩くなど、距離の割には結構きつかった感じでした。なかには立ち番の人に、笑いながらショートカットを申し出た人もいたそうで。ただし、立ち番の人は笑いながら却下したようでした。次の日か、その次の日か、その次の次の日か知りませんが、足に来たのではないでしょうか。かく言う私も結構来ました。松の浦のきれいな湖岸を最後に、湖岸のウォーキングも終了。ゴールのJR湖西線志賀駅に到着しました。
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<琵琶湖一周スポレク健康ウォーキング体験記(第10回)> 西浅井町役場(西浅井町役場)〜近江中庄駅(高島市) = 起死快晴?? = 今日は第10回のスポレク健康ウォーキング。 4月から担当者が交代して初めてのウォーキングです。 新担当Tさんは、何やら不安顔。 キャッフィー(やっぱり1回目は不安ですか?) T氏「精一杯準備したけど、天気予報はくもりのち雨、降水確率は50%。・・・・・・」 今までウォーキングはお天気続き。 2月の雪降り以外は毎回超いい天気の連続なのです。 T氏「担当者が替わった途端に雨っていうのは印象悪いよなぁ・・・」 キャ(なるほど・・・前任者Mさんは降水確率80%を跳ね返しましたからね。) そして、今日2月9日(土)。くもりのち起死回生の快晴!! ウォーキング参加者の日頃の行いがいいのか、それともT氏の執念かは定かでありませんでした?? = 森崎さんの体験記 = さて、このあたりで、そろそろ読者のみなさんには、正直に白状するときが来ました。 実はいつもこの体験記を執筆しているスポレク祭推進室長が当日どうしても仕事で参加できず、正直困り果てていました。 ところが、「起死快晴」の標題でおわかりの通り、な・な・なんとウォーキング参加者の中から救世主が出現。前回紹介させていただいた参加者の瀬田の住人、森崎さん。いつもカーボーイハットをかぶってかっこよく参加されている方で趣味は囲碁とウォーキング。 そこで、今回はピンチヒッターの森崎さんの体験記をお楽しみください(掲載了解済みです)。
= 道 草 = 人生いろいろの歌のように、ウォーキングの仕方もいろいろです。14kmまっすぐゴールを目指して歩かれる方、時々道草しながら歩かれる方、楽しくおしゃべりしながら歩かれる方、このウォーキングと同じように、参加約500名の皆さんがそれぞれの人生を歩かれてきたと思います。でも、時間の前後はあっても、やっぱり全員が最後はゴールされるのです。 小生の人生は、今まで全く「道草人生」であったと思います。そして、きっとこれからもこの調子です。だから、この体験記も第10回ウォーキングでいかに道草しながら、14kmを楽しく走破したかを写真で紹介しがら、この第10回の体験記を締めたいと思います。
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